なぜ「セイ」とカタカナになっているのか?「格率」は、確率ではなく、なぜこの字なのか?
見ていくうちに気がついた。
各話のタイトルが、21話「性と聖」、22話「静と醒」、23話「生と誓」
ゴトウと本格的に戦って決着をつける回のタイトルが、全部「セイ」ではないか!
「この中の好きな漢字を入れてみてください。あなたのフィーリングで選んでください。」というような意図なのだろうか。多様な意味合いを感じてほしいということなのか。
「格率」の方は、ウィキペディアで調べてみた。次のように書いてある。
格率(かくりつ)とはイマヌエル・カントによって提唱された哲学用語。
1785年に著されたGrundlegung zur Metaphysik der Sittenでは「格率」とは自分の持つ行為規則と定義された。この格率の普遍化が可能であったならば自分は道徳的であるということになる。そして普遍化可能な格率はそれが法則として成り立ち、それは全員がその法則に従うという形で秩序が形成されると考えられるような行為規則である。
「自分の持つ行為規則」が普遍化可能ならば、「秩序が形成される」ことになるとカントは言っている。パラサイトと人間は、それぞれ別の行為規則(法則)を持って生きている。だから、それぞれの道徳は対立する。
だが、種の違いを超えて、相手の法則を理解しようとすることが大切だということなのだろう。シンイチの行動がそれを象徴している。
もちろん、簡単に折り合えはしないし、戦いは避けられないのだが、単に敵として認識するのではなく、相手の生きる権利を認めながら、涙を流して決着をつけている。ごく平凡な世間並みの秩序に乗っ取って生きていた高校生が、短期間でここまで深い思考を巡らすようになるとは・・すごい成長だと思う。
それに対して単純に害虫を駆除するという認識で行動する特殊部隊は、戦闘力で上回るゴトウに敗れた。彼らとゴトウは同じ法則で行動していたように思う。それは、力の原理だ。一般的なパラサイトは倒せても、超越した戦闘力を持つ特殊な個体には同じフィールドでは勝てない。もっと相手に歩み寄って、特性を理解しなければならない。
人間の側にも、パラサイト側にも直情的な個体がいて、また逆に相手の立場を理解しようと努力する個体がいて、必ずしも所属する種だけで規定されるわけではなく、個体差があり、それこそ秩序を確立することが難しいと描かれている。
アニメ寄生獣には、多様な価値観・行動原理が交錯する中で、秩序を確立するとすれば、どの「セイ」を優先するかという含みが用意されているように感じた。そう考えると、非常に哲学的な構成になっている作品だと言える。
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